「スピ好き高学歴ダメ人間」が精神障害者を止めて前向きに生きる話

人生終盤ですが、希望を持って進んでいきます♪

アニータ・ムアジャーニさんの臨死体験に改めて感動する③

(つづき)

「この現象界は『不完全さ』というものを見るために用意されているんだという気がします。ことに、自分自身の不完全さをね。でもその幻想を超えて自分自身の素晴らしさに気づき、それを表していけばいくほど、自分の打ちにある完璧さがもっと見えるようになり、ますます素晴らしい人生が展開してきます」

「自分の旅それ自体の中にも、自分が何かに成っていくこと自体の中にも、完璧さを見るんです。そうすれば、世界の中で生きる自分にそれが反映してきます。そして人生がどんどん楽になり、自分もますます愛情深くなります」

 

「わたしの人生の目的は、最大限に自分でいることです。臨死体験をするまでは、わたしは人生の目的を外に向かって追求してました。でもあの体験で、自分の外に在るものなんか何もないし、追求すべきものなんか何もないんだということがわかりました。ただ自分でいさえすれば、外面はひとりでに整っていくんです」

「わたしが言いたいのは、見方を変えよう、ということです。自分が金持ちだろうと貧乏だろうと、体に障害があろうとなかろうと、愛する人がいようといまいと、他にどんな条件があろうとなかろうと、存在としての自分自身のすばらしさを見てみましょう」

 

「わたしは今、自分の人生の創り主、自分の人生という作品を生み出す芸術家なんです」

「わたしたちは一人一人がユニークです。固有の特質や能力を持っています。わたしがやらなければならないのは、自分でいること、自分らしさを表現することだけ。本物の芸術家は、自分より上手に創造する者がいるかどうかなんて気にしません。自分自身を表現することだけで忙しすぎるし、表現すること自体が目的だからです」

「自分の内部の美を見つけ出して表現すればするほど、世界はそれを楽しみ、その喜びを返してくれるんです。それが『自分でいること』と『追求すること』の違いです」

 

とりあえず引用はここまでにします。思いの外長くなってしまいましたが、これでもかなり割愛したので、興味がありましたらぜひ原文を読んでみてくださいね。

以下に要点をまとめます。いつも意識を向けて忘れないようにするために。

 

①根源的実在に対して、自分=思考=個別意識は幻想である。しかし幻想を幻想と知りながら、自分という現象を表現していける

②現象界は不完全さを映し出しているが、その幻想を超えて自分の中の素晴らしさ、完璧さを見れば、世界はそれを反映し、自分の人生がどんどん楽に、素晴らしいものになる

③深く思い込んでいることが人生に反映されるので、苦しい現実を見て自分の思い込みに気づき、手放していく

④心の中の独り言に注意を払う。批判や恐れに充ちたものを言っていたらその代わりに「自分は安全で、無条件に愛され、受け入れられている」などと言ってエネルギーを放射する

 

こうして見ると、モモエさんが①、②、④を極め、坂庭さんが③を極めているというコントラストがはっきりします。199さんは、②、④を徹底して実行し、究極的にはマカロンさん、701さんが実行した②(そして108さん、吉濱さんの結論でもある)が肝中の肝という感じがします。

ただ、そうは言っても、ということで、そこをダイレクトに思い切れるのかが容易でなかったりして、その足を引っ張っているのが「過去とその反映である現実という名の幻想」の持つリアルさの強力な印象だったりもしますので、やはり③的なアプローチだったり、「真の自分として在る」時間を持つためのエクササイズだったりが有効な段階もあるように思います。巷にあふれる数多の「健康法」もそうですけれども、その人に合った方法というのを採用するのがいいのでしょうね。